「相続不動産売却の委任状を送れ!」と手紙が来たが

【はじめに】
先日来訪されたお客さまからのご相談。「面識のない親戚より不動産売却の委任状を送ってほしい、との手紙が来たがどうしたらよいか?亡き祖父の土地・建物が自分名義に持分1/10で相続登記がなされているが、遺産分割協議書にサインした覚えはない。」(相談事例は、個人情報保護の観点からアレンジしています)
一体どういうことでしょうか?

【法定相続分による登記】
上記事例は、相談者の親が祖父より先に亡くなっていたため、代襲相続したケースでした。相談者は事情があって幼少期に養子に出され、実方の祖父のことは知らなかったようです。
<1>遺産分割協議書がなくとも登記できる
(1)遺産分割協議未成立時における法定相続分登記の可否
遺産分割協議が成立していない状態であっても、民法上の法定相続分に基づいた不動産の共有名義登記を行うことは法的・実務的に可能です 。相続は被相続人の死亡と同時に開始し(民法882条)、不動産の所有権は遺産分割協議の有無にかかわらず、法律上当然に各相続人に対してその法定相続分に応じて承継されるためです。
(2)法的性質は「保存行為」
通常、不動産登記の申請は、登記権利者と登記義務者が共同して行う「共同申請」が原則ですが、相続登記は登記義務者が死亡により存在しないため、相続人からの「単独申請」となるのが基本です 。
さらに、相続人が複数いる場合(共同相続)、民法第252条ただし書に基づき、共有物の「保存行為」は各共有者が単独で行うことができるとされています。不動産の相続登記は、被相続人名義のまま放置され、現時点の真実の権利関係を反映していない不動産登記簿を是正し、現在の共有状態を確定させる行為です。これは、共有者全員の利益を保護し、権利の散逸を防ぐ「保存行為」に該当すると法解釈されるます。したがって、共同相続人のうち一人が、他の相続人の協力を得ることなく、あるいは他の相続人の同意すら得ることなく、単独で法務局に対して相続人全員分の相続登記を申請することが可能です。
<2>更正登記
法定相続分で登記を行った後、相続人間で遺産分割協議が調い、特定の相続人が不動産を単独で取得することになった場合、登記簿の状態を現実に合わせる「是正」が必要となります。この更正登記は不動産を取得した者のみによる単独申請ができ、登録免許税も不動産1個につき、1,000円です。
<3>一部の持分のみの登記不可の原則
「一人の相続人が代表して申請手続きを行うこと(申請主体の単独性)」は可能ですが、「自分自身の持分のみを登記し、他の相続人の記載を省略すること」はできません。一部の持分のみを抜き出して登記することは、被相続人名義と相続人名義が混在する不自然な登記簿を形成することになり、公示の原則に反することになり、また、特定の相続人のみが登記されると、他の相続人の存否や持分の正当性が検証できなくなるからです。
相談者が共有者として法定相続分により登記されたのは、このような事情によります。
<4>相続人申告登記との区別
相続人申告登記は、令和6年4月の義務化に伴い新設された制度であり、法務局に対して「自分が相続人であること」を申し出ることで、登記申請義務を履行したものとみなされる制度です 。
(1)権利の公示
相続人申告登記は、持分や具体的な権利関係を公示するものではなく、対抗力を持ちませんが、法定相続分登記は正式な権利の登記であり、第三者に対して権利を主張できます 。
(2)コスト
申告登記は非課税(登録免許税無料)です、法定相続分登記は固定資産税評価額の0.4%という相応のコストがかかります。
(3)遺産分割後の手続き
相続人 申告登記をした場合でも、最終的には遺産分割に基づく相続登記が必要となりますが法定相続分登記をした後は、上記の更正登記という簡便な手法で済ませることが可能です 。
【委任状】
相談者の1/10の持分登記については分かりました。では、委任状をすんなり送り返してもよいのでしょうか?
<1>委任状提出のリスク
遺産分割協議を行わないまま、他の相続人に不動産売却の委任状を提出することには、法的・実務的に様々なリスクが伴います。
(1)代金分配がなされない等の恐れ
署名と押印だけの「白紙委任状」を渡すと、受任者が売却価格や売却先、代金の受領権限などを自由に書き込めてしまいます。これにより、意図しない低い価格で売却されたり、代金を勝手に受領されたりするリスクがあります。
(2)契約解除に伴う損害賠償リスク
一度委任状を出し、代理人が買主と売買契約を締結してしまうと、後から「やはり納得がいかない」と撤回することは困難です。後から協力(登記書類への押印など)を拒むと、売主側の債務不履行となり、買主から違約金や損害賠償を請求される恐れがあります。
この責任は、委任状を出した相談者自身にも及びます。
<2>対策として検討すべきこと
不安を感じる場合は、以下の対応を検討することが必要です。
(1)白紙委任は絶対にしない
受任者、売却の最低価格、有効期限、代金の振込先(自分の口座に直接振り込ませる等)を明記した委任状を作成する。
(2)換価分割の合意書を作成する
売却代金の具体的な分配方法について、相続人全員で書面(合意書)を交わしておく。
行政書士は、紛争事案や登記業務をお引き受けすることはできませんが、紛争予防のための契約書などを作成することができます。困ったときは、是非ご相談ください。
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