秋の叙勲に纏わる思い出-25年以上前の示談代行

今年も秋の叙勲が発表されました。受章者の皆さま、おめでとうございます!
実は、私も秋の叙勲については、ちょっとした思い出があります。もちろん私が受章したわけではありません。もうかれこれ25年以上も前のこと、損害保険会社の損害調査業務(自動車保険)に従事していたころ、あるご高齢のお客さまが追突事故を起こされ、お相手との示談交渉を担当したときのことです。
お相手の車は、大衆国産車、車両登録後1年ちょっとで修理費が十数万円、幸い怪我はありませんでした。お客さまにお相手の損害状況について報告したところ、お客さまが「新車を賠償してやってくれ!保険で出ない分は自分が支払う」とおっしゃるのです。よくお話を聞くと、そのお客さまは秋の叙勲が決まっており、今回の事故が原因で叙勲が取消しになるようなことがあっては困るとおっしゃるのでした。
私は、「お気持ちは重々分かりますが、幸いお相手は怪我もされていませんし、そこまでなさる必要はないのでは。今回事故がもとで受章が取消しになるとは考えにくいし、自己負担金も3桁の金額になりますよ!」と説明しましたが、万が一のこともあるので、新車を賠償してやってくれ、と決意が変わらないため、ご意向通りに示談をまとめたということがあったのです。

しかし、後から考えると(当時も)、このような示談交渉は様々な問題ないしリスクをはらんでいました。当時、上司にも相談したとは思うのですが、反省しています。
まず、第一に保険会社が行う示談代行サービスは、保険約款上、交通事故を起こした保険契約者の負う法律上の損害賠償責任の範囲内において行うべきものであり、その範囲を超えて示談代行することはできません。うまくいっても悪しき前例をつくり、のちのち会社に迷惑を掛ける恐れがあります。
第二にお相手に新車賠償する旨伝えるとお相手がどのように出てくるか予想がつかず、賠償額がどれだけ拡大するか分かりません。もっともこの事故のお相手は良識のある方でした。
第三に、第二の懸念とも関連しますが、交通事故はただでさえ、示談代行上お相手とトラブルになりがちなのに、お客さまの「持ち出し額」を巡って、今度はお客さま(保険契約者)ともトラブルになる恐れがあるのです。新車の賠償とひと口にいっても、車の本体価格の他に、オプション、代車費用、車庫証明・税金・自賠責保険などの諸費用など損害費目は多岐に渡り、どの範囲までみるのか余程綿密に打ち合わせておかないと、「保険で出ないものは自分で支払うとは言ったが、そこまでは賠償しろと言った覚えはない」ということになりません。お客さまのためと思い、保険契約上の義務以上のサービスをしようとして、トラブルになってはお互いに不幸です。
幸い、この事故は、大きなトラブルもなくまとまったと記憶していますが、本来の対応としては、お相手との示談代行は行わず、保険会社が認定した保険金(修理費相当額や修理期間に見合う代車費用)をお客様にお支払いすることで完了とすべきでした(認定払い。もちろんお客さまと保険金について協定(合意)した上でお客さまへお支払いします)。これは、保険金額(保険会社の支払責任限度額)を超える損害賠償の示談代行ができないのと同様です。
そう思う一方で、秋の叙勲はほんの一握りの方しか受章できない、栄誉ある賞であり、この事故のお客さまにとっては言わば人生の集大成だったのかもしれないと思うと、お役に立てたのだから、よしとするかという自分もいます。保険会社を退職した今でも毎年秋の叙勲の時期になるとこの事故のことを思い出します。